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吉村 昭則(熊 本) |
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四国徳島のお墓参りが実現したのは、運命創造学を学び、そして供養をし始め、四国お遍路に参加したことがきっかけでした。
今回行かせてもらったお墓は、傍系父方である山本家のお墓です。
運命創造学で学ぶ「生命のルーツである御先祖を大切にする」はすごく大事なことだと感じていました。
小さいころお仏壇に手をあわせる習慣があり、両親の祖父母の家に行けば、食事前など「食べる前には手をあわせてきなさい」と言われていましたので、供養をするということには壁はありませんでした。
供養をし始めて、木原秀成先生の供養は『本当に死者に届いている』ということが現象面からみて感じています。
というのも、今年の4月初め、徳島出身である祖父(傍系父方である山本家)を四国お遍路に誘いに家(熊本に在住)まで話しに行ったときに、四国徳島のお墓や山本家の過去についてわかってきました。
話してくれた内容は、「山本家は真言宗である」「祖父の兄弟達で弘法大師空海の仏像を家の横に作った」「祖父自身一度は、高野山に行きたい」そして、お墓があるお寺の場所と案内してくれる親戚(祖父の姪)の方を教えてくれました。
それからは、インターネットの地図で場所を探し出し、八十八ケ所のどこに近いかを調べました。
本当はお墓の場所が、初日(5月3日)の宿坊からの方が近かったのですが、間違ってしまい二日目(5月4日)の宿坊から行きました。
そこがポイントでした。後ほど案内してくれた親戚の方に聞いたら、5月3日は家にいなく、4日を選んだことによってお墓参りが実現しました。ご先祖のお導きとしか思えません。
熊本に帰り、祖父に四国のことを話しに行った時に、祖父の両親のことも話してくれました。
祖父の母は、52歳のときに荷物を持って何かに飛び降りた時に、脊髄を損傷していまい、数日後亡くなったそうです。
祖父は、母親を助けたいがために、お寺を回ったそうです。
般若心経などを唱えていたと教えてくれました。
祖父の父は、62歳の時に亡くなったそうですが、戦争中だったため祖父と死に目に会えなかったそうです。両親とも苦しんで亡くなっているため、祖父を通じて私に『供養してほしい』と伝えているのかなと感覚的に感じています。
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母が子供(小学6年)の頃徳島のお墓を
お参りした時の写真を、この度叔母から
いただきました |
供養をし始めて家系の様々なことがわかってきました。
「踏み込めば自然と教えてくれる」「木原秀成先生と縁する人は仏縁が近い」と聞いていましたが、本当でした。先生の供養は、本当に届くと確信出来ます。現象面で出てきます。
供養や運命創造学を学ばなかったら、今書いたことなど知らなかったと思います。
ここに縁してくれた山田真由美先生(ダンスの師匠)そして、様々なことを教えて頂ける木原秀成先生に感謝しています。
ありがとうございます。
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